世の中では、収入が増えたら生活レベルを上げるのが自然だと言われます。
良い家に住んで、良い物を買って、便利なサービスを使って、という流れです。
でも僕自身は、意識的に生活レベルを上げないようにしています。
それは我慢しているというより、そうしないほうが楽だったからです。
生活レベルは一度上げると下げにくい

生活レベルで少し厄介なのは、一度上げると、それが「普通」になってしまうことです。
最初は贅沢だったはずのものが、いつの間にか最低ラインになります。
そうなると、その水準を維持するために、常に一定以上の収入が必要になります。
選択肢が増えるどころか、むしろ減っていく感覚がありました。
僕にとっては、収入が増えることよりも、支出が固定化していくことのほうがプレッシャーでした。
必要以上に快適だと、守るものが増える
便利さや快適さ自体を否定するつもりはありません。
ただ、それらが増えるほど、失いたくないものも増えていきます。
この生活を維持できなくなったらどうしよう、という不安が、じわじわと増えていく感じです。
それは物理的な問題というより、精神的な負担でした。
生活レベルを上げないというのは、守るべきラインを低く保つ、という意味でもあります。
生活費が低いと、人生の自由度が上がる

生活費が低ければ、必要な収入も自然と下がります。
そうなると、働き方の選択肢が一気に増えます。
毎月これだけ稼がなければならない、という縛りが弱くなるだけで、気持ちはかなり楽になります。
フルタイムで働かないと生きていけない、という前提も崩れていきます。
僕にとっては、生活レベルを上げないことが、そのまま時間の自由につながっていました。
「足りている」状態を維持するという発想
世の中は、何かを足し続ける方向に進みがちです。
もっと良い物、もっと便利な物、もっと効率的な物。
でも一度、「もう足りている」と感じられるラインが見つかると、話は変わります。
それ以上を追い求めなくてよくなります。
今の生活で特に困っていないなら、無理にアップデートしなくてもいい。
そう考えるようになってから、判断がかなりシンプルになりました。
生活レベルを上げない=成長しない、ではない
生活レベルを上げないと言うと、向上心がないように見られることもあります。
でも、生活の派手さと、人としての成長は別物だと思っています。
知識が増えたり、考え方が深まったり、物事を冷静に見られるようになったり。
そういう変化は、生活費を上げなくても起こります。
外側を大きくしなくても、内側は十分に変わっていく。
僕はそちらの変化のほうに価値を感じています。
「上げない」という選択も、立派な選択肢
もちろん、生活レベルを上げることが幸福につながる人もいます。
それ自体を否定するつもりはありません。
ただ、上げることが前提になっている空気には、少し違和感があります。
上げない、維持する、あえて変えない、という選択もあっていいはずです。
生活レベルを上げないというのは、停滞ではなく調整です。
自分にとって心地いい場所に留まるための、かなり合理的な判断だと僕は思っています。

