以前の僕は、幸せとは何かを足していくことだと思っていました。収入を増やすこと、選択肢を広げること、できることを増やすこと。
人生はレベル上げのようなもので、数値が伸びれば自然と満たされていく。
そんな感覚が、どこか当たり前になっていました。
でも実際には、足せば足すほど、心は軽くなるどころか重くなっていきました。
増えた収入には責任がつきまとい、増えた選択肢は迷いを生み、増えた役割は「ちゃんとやらなきゃいけないこと」を増やしていきます。
気づけば、余裕を得るために始めたはずの行動が、余裕を削っていました。
足すほどに、管理するものが増えていく

何かを手に入れるということは、それを管理する対象が増えるということでもあります。
物が増えれば片付けや保管が必要になりますし、人間関係が増えれば気遣いや調整が必要になります。
収入や仕事の幅が広がれば、将来の選択や責任も複雑になります。
一つひとつは小さな負担でも、積み重なると確実に思考のスペースを奪っていきます。
常に何かを考えていないと落ち着かない状態は、決して快適とは言えませんでした。
足しているはずなのに、自由が減っていく。
この感覚は、なかなか言葉にしづらいですが、確実に存在していました。
減らしてみて初めて分かったこと
そこで意識的に、減らす方向を試してみることにしました。
物を増やさない、予定を詰め込みすぎない、無理に続けていた習慣を見直す。
何か新しいことを始めるよりも、「なくても困らないもの」を一つずつ手放していく感覚です。
すると不思議なことに、生活の密度が下がりました。
時間の流れが少し緩やかになり、何もしていない時間にも違和感を覚えなくなりました。
生産性や効率から一歩離れたところに、思っていた以上の安心感がありました。
幸福は、拡張ではなく余白に宿る
世の中では、成長や拡張が良いものとして語られがちです。
できることは多い方がいい、稼げる方がいい、選択肢は多い方がいい。
もちろん、それが合う人もいますし、否定するつもりはありません。
ただ、僕の場合は逆でした。
拡張し続けるよりも、余白を守る方が幸福度が高いと感じます。
何かに追われていない時間、考えが散らかっていない状態。そうした静かな時間があるだけで、気持ちはかなり安定します。
「足さない」という選択のポジティブさ

減らすというと、我慢や後退のように聞こえるかもしれません。
でも実際には、「足さない」という選択はかなり前向きなものです。
自分にとって必要なものと、そうでないものを分けて考える行為だからです。
他人の基準や世間の正解を一度脇に置いて、自分にとっての快適さを基準にする。
そうすることで、幸せは遠い目標ではなく、日常の中にあるものとして感じられるようになりました。
幸せは、すでにある状態を邪魔しないこと
今の僕は、幸せは何かを手に入れた結果として訪れるものではなく、すでにある状態を邪魔しないことだと思っています。
余計な不安や期待、役割を背負いすぎないこと。
その調整ができているかどうかが、幸福感を大きく左右します。
足すことで迷い、減らすことで落ち着く。
僕にとっては、このシンプルな感覚がかなりしっくりきています。
静かで、余白のある状態。
その中で好きなことに集中できている時間こそが、今の自分にとっての幸せです。

